自転車のロングライドイベント「ブルベ」。
その言葉を聞いたことがあるサイクリストは多いだろう。
しかし、その実態は「レースのようでレースではない」「ただ長い距離を走るだけ」といった曖昧なイメージに留まっているかもしれない。
筆者も2015年にロードバイクを始めた頃は、ロングライドが大の苦手であった。
そんな筆者が今ではブルベを中心に楽しみ、600kmを走破してSR(シューペル・ランドヌール)という称号を得るまでになった。
ブルベは、決して超人のためだけの特別なイベントではないのだ。
この記事では、筆者の経験を基に、ブルベの本当の姿を解き明かしていく。
この記事でわかること
- 自転車ブルベの基本的な定義と歴史
- ブルベの具体的なルールと認定距離の種類
- 人々を惹きつけてやまないブルベの本当の魅力
- ブルベを安全に完走するための準備とコツ
そもそも自転車ブルベとは何か?
結論から言うと、ブルベとは「指定されたコースを、指定された時間内に、自己責任で完走することを目指す長距離サイクリングイベント」である。
これはタイムや順位を競う「レース」とは根本的に異なる。
あくまで自分との戦いであり、完走者全員が勝者なのだ。
ブルベの定義 - タイムや順位を競うレースではない

ブルベは、フランス語で「認定」を意味する。
参加者は「ランドヌール(旅行する人)」と呼ばれ、決められたルートを制限時間内に完走することで、その距離を走破した「認定」を受けることができる。
そこには表彰台も賞金もない。
あるのは、走りきった者だけが手にできる認定メダルと認定ブルべカード、それと何物にも代えがたい達成感だけである。
この「競争ではない」という点が、ブルベの最も重要な本質だと言える。
ブルベの歴史と主催団体(ACP)

ブルベの歴史は古く、1921年にフランスのパリに本部を置く「オダックス・クラブ・パリジャン(Audax Club Parisien, ACP)」によってルールが確立された。
現在、世界中のブルベはこのACPのルールに基づいて運営されており、国際的な認定を受けることができる。
最も有名なブルベとして、4年に一度開催されるパリ~ブレスト~パリ(PBP)があり、世界中からランドヌールが集う1200kmの壮大なイベントとなっている。
日本でのブルベ(AJ)

日本では、「オダックス・ジャパン(Audax Japan, AJ)」がACPから認定を受け、国内のブルベを統括している。
その傘下には、北海道から沖縄まで全国各地にランドヌーリングクラブ(通称:オダックスクラブ)が存在し、それぞれが年間を通じて様々な距離のブルベを開催している。
そのため、自分の住む地域や挑戦したいコースに合わせて、気軽に参加することが可能だ。
自転車ブルベの基本的なルールと種類を徹底解説
ブルベには、安全かつ公平にイベントを運営するための基本的なルールが存在する。
これらは参加者の安全を守り、ブルベの本質である「自己責任による冒険」を支えるためのものだ。
ここでは、ブルベに参加する上で最低限知っておくべきルールと、その種類について解説する。
認定距離の種類と制限時間

ブルベは、その距離によっていくつかの種類に分けられる。
最も一般的なのはBRM(Brevets de Randonneurs Mondiaux)と呼ばれるもので、以下の距離が基本となる。
認定距離 | 制限時間 |
200km | 13時間30分 |
300km | 20時間00分 |
400km | 27時間00分 |
600km | 40時間00分 |
1000km | 75時間00分 |
見ての通り、距離が長くなるほど制限時間は厳しくなる。
特に400km以上では夜間走行が必須となり、場合によっては仮眠を取る時間も考慮しなければならない。(仮眠を取らずに走る人もいる…)
この時間との戦いが、ブルベの醍醐味の一つでもあるのだ。
ルートとキューシート - 道案内はない


ブルベでは、主催者によるコースの案内や誘導は一切ない。
参加者は事前に配布される「キューシート」と呼ばれるコマ図や、GPXなどのルートデータをもとに、自分でコースを判断して走る必要がある。
交差点名や目印、次のポイントまでの距離などが記されたキューシートを頼りに走るのは、まさに冒険そのものである。
道を間違えれば、その分時間と体力をロスすることになる。
これもまた、自己責任の原則を体現しているルールだ。
PC(ポワン・ド・コントロール)と通過証明

コースの途中には、PC(Point de Contrôle、通過チェックポイント)が設けられている。
PCは主にコンビニエンスストアが指定されることが多い。
参加者はPCに到着したら、指定された方法で通過証明を行わなければならない。
一般的には、買い物をしたレシートを受け取り保管する。
レシートに記載された店名と時刻が、指定されたコースを時間内に通過した証明となるのだ。
一つでもPCを通過し忘れると、たとえゴールしても完走とは認められない。
なお、レシートを取り忘れたり、なくしてしまうと通過されていないこととなり、認定されない。
PC以外の通過チェック

前巡つのPC以外にも「通過チェック」されるポイントがある。
ブルべカードに記載され指定されている通過を証明できるものを取得する。
- 指定されたものを写真に収めてゴール時に運営に見せる
- そのポイントに行かないと分からないクイズの答えをブルべカードに記載する など
無サポート・自己責任の原則

ブルベにおける最も重要な原則が「無サポート・自己責任」である。
これは、走行中に発生する全てのトラブル(パンク、メカトラブル、体調不良など)に対して、自分自身の力で対処しなければならないことを意味する。
サポートカーの伴走は禁止されており、友人や家族からの直接的な補給や手助けも認められない。
必要なものは全て自分で運び、必要なサービスは道中で商業的に提供されているもの(店舗、宿泊施設など)を利用しなければならないのだ。
この厳しい原則こそが、ランドヌールとしての自立心と冒険心を育む土壌となっている。
なぜ人々は自転車ブルベに魅了されるのか?その3つの魅力
厳しいルールと長い距離。
なぜこれほどまでに過酷なイベントに、多くのサイクリストが魅了されるのだろうか。
それは、単に長い距離を走るという行為の先に、特別な体験が待っているからだ。
筆者が考えるブルベの魅力は、大きく分けて3つある。
魅力1:壮大な達成感と自己への挑戦

ブルベの最大の魅力は、完走した時に得られる壮大な達成感である。
特に、初めての距離を完走した時の感動は忘れがたい。
筆者が初めて200kmブルベを完走した時、ゴール地点でスタッフから「おめでとう」と声をかけられ、ブルベカードに認定のスタンプを押してもらった瞬間は、今でも鮮明に覚えている。
それは、誰かに勝った喜びではなく、自分自身の限界に打ち勝ったという静かな、しかし確かな喜びであった。
600kmブルベでは、豪雨や睡魔、身体の痛みなど、数々の困難に直面した。
しかし、それらを乗り越えて朝日を見た時の感動は、他の何にも代えがたい経験だ。
ブルベは、自分自身の可能性を再発見させてくれる挑戦の場なのである。
魅力2:美しい日本の景色との出会い

ブルベのコースは、主催者が知恵を絞って設定した絶景ルートであることが多い。
交通量の少ない田舎道、息をのむような海岸線、季節の移ろいを感じさせる峠道など、普段のサイクリングでは訪れることのないような場所へと導いてくれる。
夜通し走り、静寂の中で満点の星空を見上げたり、朝霧が立ち込める幻想的な山々を駆け抜けたりする体験は、ブルベならではの醍醐味だ。
速さを競う必要がないからこそ、足を止めて景色を楽しみ、その土地の空気に触れることができる。
ブルベは、自転車という最高のツールを使った「大人の冒険旅行」なのだ。
ルート上にある食事処に目星をつけて、それを小さな目標にして食を楽しむのも一興。
魅力3:ブルベ仲間との不思議な連帯感

ブルベは個人で走るのが基本だが、決して孤独なわけではない。
コース上では、同じ目的を持った他のランドヌールたちと自然とすれ違い、言葉を交わすことになる。
PCで一緒になったり、暗い夜道で前後して走ったりする中で、不思議な連帯感が生まれる。
「この先の登り、キツいですよ」「(パンク修理中に)大丈夫ですか。何か必要ですか?」 そんな何気ない会話や助け合いが、辛い道のりでの大きな支えとなる。
競争ではないからこそ、互いの健闘を祈り、尊重し合える。
この温かい雰囲気も、ブルベが多くの人に愛される理由の一つだろう。
自転車ブルベ完走のために!知っておくべき4つの準備とコツ
ブルベは誰にでも門戸が開かれているが、完走するためには相応の準備が必要不可欠である。
ただ闇雲に走り出すだけでは、DNF(Do Not Finish)という結果に終わってしまう可能性が高い。
ここでは、筆者の失敗談も交えながら、完走の確率を格段に上げるための4つの準備とコツを紹介する。
準備1:機材 - ロングライドに適した自転車と装備

ブルベを走る自転車に特別な車種の決まりはないが、快適に長距離を走れる機材を選ぶことが極めて重要だ。
- 自転車本体: レース用の軽量バイクよりも、エンデュランスロードやランドナー、グラベルロードなど、乗り心地が良く安定した車種が向いている。太めのタイヤを履けるクリアランスがあるとなお良い。
- ライト: 400km以上では夜間走行が必須となるため、強力なライトは命綱だ。最低でも2灯は用意し、モバイルバッテリーなどで給電できるモデルが望ましい。リアライトも同様に、昼夜問わず点灯させることが安全につながる。
- バッグ類: 必要な装備を収納するため、サドルバッグやフレームバッグ、トップチューブバッグなどを活用する。筆者の失敗談として、最初の頃はリュックを背負って走り、肩や腰の痛みに苦しんだ経験がある。荷物はできるだけ自転車に持たせるのが鉄則だ。
- 必須装備リスト(例):
- ヘルメット、反射ベスト(必須)
- フロントライト2灯、リアライト2灯
- パンク修理キット、携帯工具
- ブルベカード、キューシートを入れるマップケース
- モバイルバッテリー、ケーブル類
- 補給食、ボトル
- レインウェア、防寒着
- 救急セット
こちらの記事では、ブルベに必要な持ち物リストを筆者の経験を踏まえて、まとめているのでチェックしてみよう。
準備2:フィジカル - 計画的なトレーニング

ブルベは長時間の運動であり、基礎的な体力は必須である。
いきなり長い距離に挑戦するのではなく、段階的に距離を伸ばしていくトレーニングが効果的だ。
筆者も最初は50km走るのがやっとだった。
そこから週末ごとに80km、100km、150kmと距離を伸ばし、身体を長距離に慣らしていった。
重要なのは、「速く走る練習」ではなく「長く走り続ける練習」をすることだ。
一定のペースで淡々と走り続ける能力、すなわち持続力がブルベでは最も重要なフィジカル要素となる。
準備3:メンタル - 困難を乗り越える心の持ちよう

ブルベでは、必ずと言っていいほど予期せぬトラブルや困難に見舞われる。
天候の急変、メカトラブル、ハンガーノック、そして強烈な睡魔。
そんな時、完走できるかどうかを左右するのは、体力以上に精神力である。
「まだ走れる」「次のPCまで頑張ろう」と、自分を鼓舞し続けるポジティブな思考が大切だ。
一方で、「DNF(Do Not Finish)も勇気ある決断」であることを忘れてはならない。
体調不良や危険な状況で無理を続けることは、命に関わる。
安全に家に帰ることこそが、ブルベにおける最大の目標なのだ。
その上で、どうすれば困難を乗り越えられるかを冷静に考え、対処する力が求められる。
準備4- 情報収集と計画 - 当日のシミュレーション

行き当たりばったりのブルベは、失敗の元である。
事前にルートをGoogleマップやStravaなどで確認し、特に注意すべき峠や道が分かりにくい場所を把握しておくことが重要だ。
また、PC間の距離と想定される走行時間を計算し、どこで食事を摂り、どこで長めの休憩を取るかといった「補給計画」を立てることも完走の鍵となる。
筆者は、コースの高低差グラフとコンビニの位置を重ね合わせた自作の計画表をトップチューブに貼り付けて走っている。
緻密な計画が、当日の心の余裕を生むのだ。
自転車ブルベに関するよくある質問(Q&A)

ここでは、ブルベに興味を持った人が抱きがちな疑問について、Q&A形式で回答する。
Q1: 初心者でも参加できる?
A1: 可能である。
ただし、ロードバイクでの100km程度のサイクリングを問題なくこなせる走力があることが望ましい。
多くのブルベでは、最初に200kmからの参加を推奨している。
まずは200kmを目標にトレーニングを積み、自信がついたらエントリーしてみるのが良いだろう。
Q2: どんな自転車で参加すればいい?
A2: ロードバイク、ランドナー、クロスバイク、ミニベロなど、様々な車種で参加可能である。
ただし、前述の通り、長距離を快適に走れる仕様であることが重要だ。
また、ACPの規定により、ライトやベル、反射材などの装備が義務付けられているため、それらを取り付けられる自転車である必要がある。
Q3: 費用はどれくらいかかる?
A3: 主にかかる費用は以下の通りである。
- エントリー費: 2000円~3000円程度が一般的。
- 保険: 必須で加入。年間2000円~3000円程度。
- 装備費: 必須装備を揃えるのに初期費用がかかる。
- 当日の費用: PCでの補給食や飲料代、交通費など。
特にライト類は高価なものが多いが、夜間走行もあるブルベでは重要なアイテム。筆者おすすめのRN1500のような、信頼できるライトを用意しよう。
Q4: 女性の参加者はいる?
A4: はい、多くの女性ランドヌール(ランドヌーズと呼ばれる)が参加している。
参加者の割合としては男性が多いが、女性が参加しにくい雰囲気は全くない。
自分のペースで楽しめるブルベは、性別を問わず多くのサイクリストに開かれているイベントだ。
Q5: SR(シューペル・ランドヌール)とは何か?
A5: SR(Super Randonneur、フランス語で「偉大なサイクリスト」の意)とは、同一年に200km, 300km, 400km, 600kmのBRMを全て完走したランドヌールに贈られる称号である。
これは多くのランドヌールにとって、一つの大きな目標となっている。
筆者もSRを取得した年は、春から夏にかけて毎月のようにブルベに参加し、距離を伸ばしていった。
それぞれの距離に異なる過酷さと魅力があり、SR達成はサイクリストとしての大きな自信につながるだろう。
まとめ:自転車ブルベは人生を豊かにする壮大なサイクリングだ!

ブルベとは、単なる長距離サイクリングイベントではない。
それは、自己の限界に挑戦し、美しい景色と出会い、同じ志を持つ仲間と触れ合う、壮大な冒険旅行である。
入念な準備と計画、そして何よりも「走りたい」という強い意志があれば、完走の扉は誰にでも開かれている。
筆者自身、ロングライドが苦手だった過去があるからこそ、ブルベの達成感がどれほど大きいものかを知っている。
この記事を読んで少しでもブルベに興味を持ったなら、まずは地元のオダックスクラブのウェブサイトを覗いてみてほしい。
そこには、あなたの知らない素晴らしい世界への入り口があるはずだ。
最初の一歩は、200kmブルベへのエントリーから始まる。
その先には、きっとあなたの自転車人生をより豊かにする、忘れられない体験が待っているだろう。
【SR取得した筆者による】ブルベを完走するための装備とノウハウ集
当ブログでは、ブルベに関する記事をたくさん紹介している。筆者の経験を基に役に立つ記事を載せているので是非チェックしてみてほしい。