ロングライドはサイクリストにとって最高の冒険である。
見知らぬ土地の景色、風を切る爽快感、そして走りきった後の圧倒的な達成感。
しかし、多くのサイクリストが「100kmの壁」や「後半の地獄のような失速」に悩まされているのも事実だ。
ただ、がむしゃらに距離を伸ばすだけでは、ロングライドを快適に走る能力は身につかないのだ。
そこには、明確な目的意識を持った「練習」が必要不可欠となる。
この記事では、筆者が数々の失敗と試行錯誤の末にたどり着いた、科学的根拠と実体験に基づいたロングライドの練習方法を余すところなく解説していく。
もう、ロングライドで辛い思いをするのは終わりだ。
この記事でわかること
- なぜロングライドに特化した練習が必要なのか
- ロングライドの土台を作る具体的な練習メニュー3選
- 練習効果を倍増させるフィジカル以外の重要テクニック
- 目標達成までの段階的なトレーニングプラン
- 筆者の体験談から学ぶ、ロングライド成功の秘訣
なぜロングライドには特別な練習が必要なのか?
そもそも、なぜロングライドには特別な練習が必要なのだろうか。
それは、短距離を全力で走るのとは、身体に求められる能力が全く異なるからである。
エネルギー

一つは、使われるエネルギーシステムの違いだ。
短距離では、主に糖質をエネルギー源として爆発的なパワーを生み出す。
しかし、体内に貯蔵できる糖質の量には限りがあり、長くは続かない。
一方、ロングライドのような低~中強度で長時間動き続ける運動では、糖質だけでなく「脂質」を効率よくエネルギーに変換する能力が求められる。
この脂質代謝能力が低いと、すぐにエネルギー切れ(ハンガーノック)を起こし、深刻なペースダウンに見舞われることになるのだ。
持久力

次に、筋持久力の問題がある。
何時間もサドルの上でペダルを回し続けるには、特定の筋肉を繰り返し使い続けるための持久力が必要だ。
ペダリング筋群はもちろん、上半身を支える体幹の筋力も、後半の疲労を左右する重要な要素となる。
精神力

そして、精神的な強靭さも無視できない。
延々と続くかのように思える道、突然現れる登り坂、向かい風。
ロングライドは、肉体だけでなく精神にも負荷をかける。
「まだ走れる」「この坂を越えれば絶景が待っている」と自らを鼓舞し続けるメンタルの強さは、練習によって培われる部分が大きい。
これらの能力は、ただ闇雲に長距離を走るだけでは効率的に向上しない。
目的意識を持った練習を計画的に行うことで、初めてロングライドを走り切るための土台が完成するのである。
ロングライドの基礎を築く3つの練習法
ロングライドを快適に走るための身体を作るには、大きく分けて3つの柱となる練習法がある。
これらをバランスよく組み合わせることが、上達への最短ルートだ。
1. LSD (Long Slow Distance) - 脂質代謝能力の向上

ロングライド練習の根幹をなすのが、このLSDである。
その名の通り、「長く」「ゆっくり」「距離を走る」練習法だ。
目的は、脂質をエネルギーとして使う能力を高め、毛細血管を発達させて筋肉への酸素供給能力を上げることにある。
具体的な実践方法
- ペース: 心拍計があるなら最大心拍数の60~70%程度が目安。なければ「おしゃべりしながらでも余裕で走り続けられるペース」と覚えること。息が弾むようでは速すぎる。
- ケイデンス(ペダルの回転数): 90rpm前後を維持することを意識する。軽いギアでクルクル回すイメージだ。
- 時間: 最低でも90分以上、できれば2時間~4時間行うのが理想的だ。
- 地形: なるべく信号やアップダウンの少ない平坦なコースを選ぶと、一定のペースを保ちやすい。
筆者もこのLSDの重要性を理解してからは、週末の練習の基本に据えている。
以前は「速くならなきゃ」と焦り、常に息を切らして走っていた。
しかし、それでは全く距離が伸びなかったのだ。
LSDを取り入れてから3ヶ月ほど経った頃、明らかに後半の粘りが違ってきたのを実感した。
100kmを走っても、以前のような極端なエネルギー切れを感じなくなったのである。
これは間違いなく、脂質をうまく使える身体に変化した証拠だった。
「遅く走る練習」は、一見遠回りに見えるが、実はロングライド完走への一番の近道なのだ。
2. ペース走(テンポ走) - 巡航速度の向上

LSDで土台ができたら、次は巡航速度を引き上げる練習を取り入れる。
それがペース走(テンポ走)だ。
LSDよりは少し強度が高い、「ややキツいけれど、なんとか維持できる」ペースで一定時間走り続ける練習である。
この練習は、LT(乳酸性作業閾値)を高める効果がある。
簡単に言えば、疲労物質である乳酸が急激に溜まり始める運動強度を引き上げることができるため、より速いペースで長く走れるようになるのだ。
具体的な実践方法
- ペース: 最大心拍数の75~85%程度。「会話はできるが、少し息が弾む」くらいのペース。LSDより一段階上の強度だ。
- 時間: まずは20分×2セット(間に10分程度の休憩を挟む)から始め、徐々に時間を伸ばしていく。最終的には60分程度を連続して行えるようになるのが目標。
- 意識すること: 一定のペースとケイデンスを維持することに集中する。LSDと同様に平坦なコースが望ましい。
ペース走は、実際のロングライドで平坦区間を効率よく走り抜けるための、非常に実践的な練習となる。
「このペースなら1時間走り続けられる」という自信が、本番でのペース配分に絶大な効果を発揮する。
3. インターバル走 - 登坂力と対応力の強化

「ロングライドはゆっくり走るものだから、高強度の練習は不要では?」と思うかもしれない。
それは間違いだ。
実際のコースには、必ずと言っていいほど急な登り坂や、ペースを上げざるを得ない場面が存在する。
そんな時に心肺に一気に負荷がかかり、足を使ってしまうと、その後の失速に繋がる。
インターバル走は、最大酸素摂取量(VO2max)を高め、こうした高強度への耐性を養うための練習だ。
具体的な実践方法
- 方法: 安全な短い坂や、交通量の少ない直線を見つける。
- メニュー例:
- ウォーミングアップを15分行う。
- 「全力の8~9割」の力で1分間ペダルを漕ぐ。
- その後、3分間は軽いペースで流して息を整える。
- これを5セット繰り返す。
- クールダウンを10分行う。
この練習は非常にキツいが、効果は絶大である。
週に1回、短時間でも取り入れるだけで、登り坂が以前より楽に感じられるようになるだろう。
筆者は特に、ヒルクライムが苦手だったため、この練習を集中的に行った。
すると、今までダンシング(立ち漕ぎ)でなんとか登っていた坂を、シッティング(座り漕ぎ)のまま、心拍をコントロールしながらクリアできるようになったのだ。
これは、ロングライド全体の疲労を抑える上で、非常に大きな進歩だった。
ロングライドの練習効果を最大化する!フィジカル以外の重要要素
身体を鍛えるだけがロングライドの練習ではない。
ここでは、練習効果をさらに高め、本番での成功確率を上げるための重要な要素を解説する。
補給戦略 - ハンガーノックは「予防」するもの

ロングライドにおける最大の敵、それはハンガーノックだ。
一度陥ってしまうと、力が入らず、頭がボーッとし、最悪の場合は走行不能になる。
重要なのは、ハンガーノックは「なってから対処する」のではなく「なる前に予防する」という意識だ。
そして、その練習は普段のトレーニングから始める必要がある。
いつ、何を、どれくらい食べるか
- タイミング: 「お腹が空いた」と感じる前が鉄則。基本は1時間に1回、必ず何かを口にする。
- 内容:
- スタート前: 1~2時間前に消化の良いおにぎりやパンなどをしっかり食べる。
- 走行中(序盤~中盤): 消化しやすくエネルギーに変わりやすい、ようかん、エナジーバー、バナナなどが適している。
- 走行中(終盤): 疲労で固形物を受け付けにくくなるため、吸収の速いエナジージェルが有効。
- ドリンク: ボトルには水だけでなく、糖質や電解質が含まれたスポーツドリンクを入れるのが基本。
筆者の最大の失敗談は、補給を軽視したことにある。
初めての150kmライドで、「まだ大丈夫」と補給を先延ばしにした結果、120km地点で強烈なハンガーノックに見舞われた。
手足は痺れ、視界は狭まり、道端に座り込んでしまった。
近くの自販機で甘いジュースを飲んでなんとか回復したが、あの時の無力感と恐怖は忘れられない。
この経験から、普段のLSDなど長時間の練習の時から、本番と同じタイミング・内容で補給する「食べる練習」を徹底するようにした。
どの補給食が自分に合っているか、どのタイミングで摂るのがベストかを知ることは、フィジカルな練習と同等に重要なのである。
ペダリングスキル - 効率化で疲労を軽減

同じパワーで進むなら、より少ないエネルギー消費で走りたいと思うのは当然だ。
その鍵を握るのが、効率的なペダリングスキルである。
多くの初心者は、ペダルを「踏む」ことだけに意識が向きがちだ。
しかし、これでは太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)ばかりを酷使し、すぐに疲労してしまう。
効率的なペダリングとは、ペダルが円を描くように、360度どこでも力を伝える意識を持つことだ。
特に、ペダルが一番下を通過してから後ろに「引く」意識(引き足)と、一番上を通過して前に「押し出す」意識が重要になる。
これにより、お尻の筋肉(大殿筋)や太ももの裏の筋肉(ハムストリングス)といった、より大きな筋肉群を動員できるようになり、特定の筋肉への負担を減らすことができる。
練習方法
- ケイデンス維持: 常にケイデンス90rpm前後を意識して走る。軽いギアで回転数を保つ練習が効果的だ。
- 片足ペダリング: 安全な場所で、片方の足をペダルから外し、もう片方の足だけでペダルを回す練習。ペダリングのムラをなくし、スムーズな回転を身につけるのに役立つ。30秒ずつ交互に行うと良い。
このスキルが身につくと、同じペースで走っていても、心拍数が上がりにくくなり、足の疲労感が明らかに軽減されるのを体感できるはずだ。
バイクフィッティングと機材 - 痛みからの解放

どんなに身体を鍛えても、乗っている自転車が身体に合っていなければ、その性能を100%引き出すことはできない。
それどころか、膝や腰、首の痛みの原因となり、ロングライドを苦痛なものに変えてしまう。
「バイクフィッティング」は、専門の知識を持ったフィッターに、自分の身体のサイズや柔軟性に合わせて、サドルの高さや前後位置、ハンドルの位置などを調整してもらうことだ。
初期投資はかかるが、怪我の予防とパフォーマンス向上を考えれば、決して高い投資ではない。
筆者もフィッティングを受けて、長年悩まされていた膝の痛みが嘘のように消えた経験がある。
それは、ミリ単位のサドル位置の調整によるものだった。
また、サドルやタイヤといった機材を見直すことも快適性の向上に繋がる。
特にサドルは、相性が合わないと耐え難い痛みを生む。
色々な製品を試してみる価値は十分にある。
実践!ロングライドに向けた段階的トレーニングプラン

ここでは、目標距離100kmを目指すサイクリストを想定した、3ヶ月間のトレーニングプランのモデルケースを紹介する。
【1ヶ月目:基礎構築期】
- 目標: 楽に50~60kmを走れるようになる。LSDに慣れる。
- 平日: 週1~2回、30分程度の軽いサイクリングや、ケイデンス練習。
- 週末: 週1回、90分~2時間のLSDを行う。距離よりも時間を重視する。
【2ヶ月目:距離伸長期】
- 目標: 80kmを走り切る自信をつける。ペース走に挑戦。
- 平日: 週1回、ペース走(20分×2セット)を取り入れる。
- 週末: 週1回、LSDの時間を3時間に伸ばす。または、80km程度の距離に挑戦してみる。補給の練習も本格的に行う。
【3ヶ月目:実践・調整期】
- 目標: 100km完走!本番に近いペースでの走行に慣れる。
- 平日: 週1回、インターバル走を取り入れ、登坂への耐性をつける。
- 週末:
- 1週目:100kmに挑戦。ペースは問わない。
- 2週目:軽めのLSD(2時間程度)で回復を促す。
- 3週目:本番を想定したペースで80km走。
- 4週目(目標ライドの週):直前は軽い調整のみ。疲労を完全に抜く。
重要なのは、「超回復」の原理を理解し、休むことも練習の一環と考えることだ。
筋肉は、トレーニングによって傷つき、その後の休息と栄養補給によって、以前より強く回復する。
毎日ハードな練習をしても、回復が追いつかず、逆にパフォーマンスは低下してしまう。
焦らず、計画的に進めることが成功の鍵である。
Q&A:ロングライドの練習について
Q. 練習は毎日やるべきか?
A. 答えはノーである。
特にLSDやインターバル走のような負荷の高い練習を行った後は、最低でも1日、できれば2日の休養か、ごく軽い回復走(リカバリーライド)を挟むことが重要だ。
筋肉の回復を促し、怪我を防ぐためにも、休息はトレーニングと同じくらい重要だと考えるべきだ。
Q. 雨の日はどうすればいいか?
A. 無理に実走する必要はない。
室内でできるローラー台(トレーナー)は、天候に左右されずに計画的な練習ができる優れたツールだ。
短時間で効率の良いインターバル走やペダリング練習に向いている。
もしローラー台がなければ、サイクリング以外のクロストレーニングとして、スクワットなどの筋力トレーニングや、ストレッチを入念に行う日にするのも良い選択だ。
Q. 一人での練習が不安です。
A. 気持ちはよくわかる。
特にロングライドは、トラブルや体調不良のリスクも伴う。
可能であれば、地域のサイクリングクラブや、SNSなどで仲間を見つけて一緒に走ることをお勧めする。
情報交換ができ、モチベーションの維持にも繋がる。
一人で走る場合は、家族に行き先と帰宅予定時刻を告げ、パンク修理キットや補給食、緊急連絡先などを必ず携行すること。
ルート上にコンビニや駅があるかどうかも事前に確認しておくと安心だ。
Q. どれくらいの期間で100km走れるようになるか?
A. 個人の体力や練習頻度によるため一概には言えないが、現在50km程度を走れる体力がある人なら、本記事で紹介したような計画的な練習を週2~3回行えば、2~3ヶ月で100kmを楽に完走できるレベルに到達することは十分に可能である。
重要なのは、焦らずに段階を踏むことだ。
まとめ:ロングライドの効果的な練習方法
ロングライドは、決して一部の特別なサイクリストだけのものではない。
正しい知識に基づいた練習を、計画的に継続すれば、誰でも100km、150km、さらには200kmという距離を笑顔で走りきることができるようになる。
ポイント
- LSDで脂質代謝能力という土台を作る。
- ペース走とインターバル走で、巡航速度と対応力を養う。
- 「食べる練習」としての補給戦略を、普段の練習から徹底する。
- 効率的なペダリングと、身体に合ったバイクで、無駄な疲労をなくす。
- 休むことも重要な練習と心得る。
本記事で紹介した内容は、筆者自身が遠回りや失敗を繰り返しながら確立してきた、実践的なノウハウの集大成である。
この記事が、かつての筆者のように「ロングライドの壁」に悩むあなたの助けとなり、次なる冒険への一歩を踏み出すきっかけとなれば、これほど嬉しいことはない。
安全に、そして楽しく、最高のロングライドを実現してほしい。