ロードバイクで向かい風の中を突き進む時、「もっと楽に、もっと速く巡航できたら」と考えたことはないだろうか。
その解決策の一つが、DHバー(クリップオンエアロバー)の導入である。
筆者は2015年にロードバイクを始め、今では600kmのブルベを完走するほどロングライドにのめり込んでいるが、DHバーは長距離を楽に速く走るための強力な武器だと断言できる。
筆者の経験上、巡航速度が2~3km/h程アップする。
しかし、ただ取り付ければ速くなるという単純なものではない。
その効果を正しく理解し、適切に使いこなす必要があるのだ。
この記事では、DHバーが巡航速度に与える影響と、その効果を100%引き出すための具体的な方法を、筆者の経験を交えて解説する。
この記事でわかること
- DHバーで巡航速度が向上する科学的な理由
- 筆者の実体験に基づく巡航速度の具体的な変化
- DHバーの効果を最大化するための4つの実践的なコツ
- 導入前に知っておくべきメリット・デメリット
DHバーで巡航速度が上がる3つの科学的根拠
結論から言えば、DHバーは巡航速度の向上に大きく貢献する。
その理由は主に3つある。
根拠1:圧倒的な空気抵抗の削減

ロードバイクで時速30kmを超えると、走行抵抗の約80%は空気抵抗が占めると言われている。
つまり、速く走れば走るほど、空気という「見えない壁」との戦いが激しくなるのだ。
DHバーを装着し、前傾姿勢を深く取る「エアロフォーム」は、この空気抵抗を劇的に削減する。
体を前方に伸ばし、腕を体の中心に寄せることで、前面投影面積(前から見たときの体の面積)が小さくなるからである。
ポジション | 前面投影面積(イメージ) | 空気抵抗 |
ブラケットポジション | 大きい | 大 |
下ハンドルポジション | やや小さい | 中 |
DHバーポジション | 最小 | 小 |
筆者の体感でも、特に平坦な道や緩やかな下りでの向かい風において、その効果は絶大である。 ブラケットを握っていると「壁にぶつかっている」ように感じる風の中を、DHバーポジションなら「切り裂いて進む」感覚で走ることができる。
これは精神的な余裕にも繋がり、結果としてアベレージスピードの向上に貢献するのだ。
根拠2:使用する筋肉の分散と温存

長距離を走る上で、いかに脚の筋肉を温存するかは非常に重要なテーマである。
通常のブラケットや下ハンドルのポジションでは、上半身を支えるために腕や肩、背中の筋肉を常に使い続けている。
しかし、DHバーポジションでは、肘をパッドに乗せることで上半身の体重を機材に預けることができる。
これにより、上半身がリラックスし、体幹で姿勢を支える乗り方になる。
使用する筋肉の変化
- 通常ポジション: 脚に加え、腕、肩、背中の筋肉も動員する。
- DHバーポジション: 上半身の筋肉の負担が減り、ペダリングに使う脚と体幹の筋肉に集中できる。
これは特にロングライドやブルベで効果を発揮する。
筆者も600kmブルベを走った際、平坦区間で積極的にDHバーを使い上半身を休ませたことで、終盤の登りでも脚を残すことができた。
数百キロに及ぶライドでは、この小さな「温存」の積み重ねが、完走できるかどうかの大きな分かれ目となるのだ。
根拠3:上半身の固定によるペダリング効率の向上

ペダリングは脚だけの運動ではない。
上半身が安定しているほど、脚が生み出したパワーを効率的に推進力へと変換できる。
DHバーポジションは、上半身をガッチリと固定する効果がある。
これにより、ペダリング中に上半身が左右にブレる動きが抑制される。
体の余計な動きが減ることで、パワーロスが少なくなり、よりスムーズで効率的なペダリングが可能になるのだ。
イメージとしては、不安定な足場で物を押すよりも、どっしりと安定した体勢で押した方が力が伝わりやすいのと同じ理屈である。
実際にDHバーを握ってペダリングしてみると、自分の力がダイレクトにペダルに伝わっていく感覚が得られるはずだ。
【体験談】筆者のDHバー導入と巡航速度の変化

理論だけでなく、筆者自身の具体的な変化についても触れておきたい。
筆者がDHバーを導入したのは、400kmブルベを走った後、さらなる距離と速度を求めていた時期であった。
導入前、平坦な道を単独で走る際の巡航速度は、概ね30〜32km/hが快適だと感じる範囲だった。
これがDHバーを導入し、ポジションと使い方に慣れた後では、同じような感覚で33〜35km/hの巡航が可能になったのである。
平均して2〜3km/hの巡航速度アップであり、これは長距離になればなるほど、ゴールタイムに大きな差を生む。
もちろん、これは単にDHバーを取り付けただけの結果ではない。
後述するポジション調整やトレーニングを重ねた上での変化である。

もちろん、DHバー導入による失敗談もある。
最初にDHバーを取り付けた時、正直なところ「苦痛」でしかなかった。
前傾姿勢がきつく、首や肩はすぐに痛み、呼吸もしづらく感じた。
これは、単純にハンドルにDHバーを追加しただけで、サドルの位置などを調整していなかったことが原因であった。
「DHバーは自分には合わないのかもしれない」と諦めかけたが、サドルを数ミリ前に出し、少し高くするといった地道な調整を繰り返すことで、ようやく楽に長時間維持できるポジションを見つけることができたのだ。
機材の効果は、正しいセッティングがあって初めて発揮されるということを痛感した経験である。
DHバーの巡航速度への効果を最大化する4つのコツ
DHバーは諸刃の剣でもある。
その恩恵を最大限に受けるためには、いくつかのコツを押さえておく必要がある。
コツ1:全ては「快適なポジション」から始まる

最も重要なのがポジション設定である。
どんなに空力性能に優れたフォームでも、長時間維持できなければ意味がない。
調整すべき主要ポイント
- サドルの高さと前後位置: DHバーを握ると骨盤が前に倒れるため、多くの場合、サドルを少し高く、そして前に出す必要がある。
- DHバーの長さ(突き出し量): 腕を自然に伸ばした位置にパッドとバーの先端が来るように調整する。窮屈だったり、遠すぎたりするのはNGだ。
- パッドの幅: 肩幅に合わせるのが基本だが、やや狭めの方が空力は良い。ただし、窮屈で呼吸がしにくい場合は広げる。
- バーの角度: 手首が自然な角度になるように調整する。一般的には少し上向き(スキーベンド)にすると楽だとされている。
理想は「何時間でもこの体勢でいられる」と感じるポジションである。
数ミリ単位の調整で劇的に感覚が変わるため、根気強く自分の体と対話しながら最適な位置を見つけ出す必要がある。
コツ2:安全な場所で段階的に慣れること

DHバーを握った状態は、通常のポジションに比べて操作性が著しく低下する。
ブレーキやシフターから手が離れているため、咄嗟の反応が遅れるからだ。
いきなり公道で使うのは非常に危険である。
まずは以下のようなステップで、安全な場所で徹底的に練習するべきだ。
- Step1: 直線での巡航 交通量の全くない河川敷のサイクリングロードなどで、まずはまっすぐ走る練習から始める。
- Step2: 緩やかなカーブ 体重移動で曲がる感覚を身につける。急なハンドル操作は厳禁である。
- Step3: ブラケットへの持ち替え 障害物や交差点を想定し、スムーズにDHバーからブラケットへ手を移動させる練習を繰り返す。
- Step4: 給水や補給 片手運転になるため難易度が上がる。ボトルを取って飲む、補給食を食べるといった動作も安全な場所で練習しておく。
筆者も最初のうちは、サイクリングロードで練習を繰り返した。
恐怖心がなくなるまで体に覚えさせることが、公道で安全に使うための最低条件である。
コツ3:「体幹」こそがDHポジションの土台

楽なポジションを見つけても、それを支える体幹がなければ宝の持ち腐れとなる。
DHバーポジションは、腹筋や背筋といった体幹の力で上半身を支えるフォームだからだ。
体幹が弱いと、
- 上半身がブレてペダリングが非効率になる。
- 腰や背中に負担が集中し、痛みの原因となる。
- 長時間同じ姿勢を維持できない。
といった問題が発生する。 特別なジムに通う必要はない。
自宅でできるプランクやサイドプランクといった基本的な体幹トレーニングを、毎日数分でも継続することが非常に効果的である。
筆者もトレーニングを日課にしてから、DHポジションの安定性が格段に増し、より長く、より楽に巡航できるようになった。
コツ4:使うべき状況を正しく見極める

DHバーは、決して万能ではない。
むしろ、使ってはいけない状況の方が多いと認識するべきである。
DHバーを使うべきではない状況
- 集団走行中: 前走者との距離が近く、急なブレーキに対応できないため絶対に使用してはならない。
- テクニカルな下り坂: 細かいハンドリングやブレーキングが必須の状況では危険すぎる。
- 市街地や交通量の多い道: 歩行者の飛び出しや信号など、予測不能な事態に即座に対応できない。
- 路面が荒れている場所: 視線が近くなり、路面のギャップに気づくのが遅れる可能性がある。
- 急な登り坂: パワーが出しにくく、ダンシングもできないため非効率である。
DHバーは、交通量が少なく、見通しの良い平坦路や緩やかなアップダウンで、単独走行している時にこそ真価を発揮する。
「今、この区間はDHバーを使っても安全か?」と常に自問自答し、状況に応じてブラケットや下ハンドルと使い分ける判断力が、巡航速度を上げるのと同じくらい重要なのである。
巡航速度だけじゃない!DHバーのメリット・デメリット
DHバーの導入を検討するなら、巡航速度以外の側面も理解しておく必要がある。
DHバーのメリット

- 疲労軽減: 前述の通り、上半身を休ませることができるため、長距離での疲労度が大きく変わる。
- 精神的なリフレッシュ: 同じ姿勢に疲れた時にDHバーを握ると、視点や使う筋肉が変わり、気分転換になる。
- 多様なポジション: 取れるポジションが増えることで、体の一か所に負担が集中するのを防ぐことができる。
DHバーのデメリット

- 操作性の低下: これが最大のデメリットである。ブレーキ・シフト操作へのアクセスが遅れるリスクは常に念頭に置く必要がある。
- 重量の増加: モデルによるが、数百グラムの重量増となる。ヒルクライムがメインのライダーにはデメリットになり得る。
- レースでの使用制限: JCF(日本自転車競技連맹)公認のロードレースでは、集団で走るマスドスタート形式のレースでの使用が禁止されている。一方、トライアスロンやタイムトライアル、そして筆者が主戦場とするブルベでは使用が認められている。
- 見た目の変化: ロードバイク本来のシンプルな見た目を損なうと感じる人もいる。これは完全に好みの問題である。
これらのデメリットを理解した上で、自分のライドスタイル(レース、ロングライド、サイクリングなど)と照らし合わせ、本当に必要かどうかを判断することが重要だ。
【Q&A】DHバーと巡航速度に関するよくある質問

Q1: どんなロードバイクにも取り付けられますか?
A1: 基本的に、丸い形状のハンドルバーであればほとんどの「クリップオン」タイプのDHバーは取り付け可能である。
ただし、最近増えているエアロハンドル(断面がかまぼこ型や翼型)には専用品が必要か、取り付け自体が不可能な場合もある。
購入前に自分のハンドルの形状とクランプ径(31.8mmが主流)を確認する必要がある。
Q2: 初心者がいきなり使っても大丈夫ですか?
A2: 正直、あまりお勧めはしない。
まずはロードバイクの基本的な操作(ブレーキング、シフティング、ハンドリング)に完全に慣れることが先決である。
バイクコントロールに不安がある状態でDHバーを使うのは危険を伴う。
まずはブラケットポジションで安定して巡航できるようになってから検討するのが良いだろう。
Q3: 巡航速度が30km/h以下でも効果はありますか?
A3: 空気抵抗は速度の二乗に比例するため、速度域が低いと空力的な恩恵は少なくなる。
しかし、巡航速度が25km/h程度であっても、上半身の疲労軽減というメリットは十分に得られる。
特に長距離をマイペースで走りたいライダーにとっては、速度以上に「楽に走れる」という価値が大きいだろう。
筆者のDHバー導入経緯として、腕や手のひらの痛みの軽減が一番の導入理由であり、一番効果を感じた点である。副作用としての巡航速度アップを感じている。
まとめ:DHバーは正しく使えば巡航速度向上の強力な武器である

DHバーは、正しく理解し、安全に使いこなすことで、巡航速度を確実に向上させ、ロングライドの疲労を軽減してくれる非常に有効なアイテムである。
その効果の根源は、「空気抵抗の削減」「筋肉の温存」「ペダリング効率の向上」という3つの科学的根拠にある。
しかし、その恩恵を最大限に引き出すためには、「快適なポジション設定」「段階的なトレーニング」「体幹の強化」「状況に応じた使い分け」という4つのコツが不可欠だ。
操作性の低下という明確なデメリットも存在する。
DHバーは、単に取り付ければ速くなる魔法の機材ではない。
乗り手のスキル、知識、そして安全への意識が伴って初めて、巡航速度を次のレベルへと引き上げてくれる強力な武器となるのだ。
この記事が、あなたのDHバー導入の検討に役立てば幸いである。