風を切る音、リズミカルなペダリングの音、そして心地よい疲労感。ロードバイクはそれだけで十分に楽しい趣味である。
しかし、そこに自分の好きな音楽が加われば、サイクリングはさらに特別な体験へと昇華する。
峠を駆け上がるヒルクライムでは背中を押してくれる力強いロックを、海沿いの平坦路では景色に溶け込むような穏やかなポップスを聴きながら走れたら、どんなに素晴らしいだろうか。
だが、多くのサイクリストが「ロードバイクでイヤホンを使っても良いのか?」という疑問や不安を抱えているのが現実だ。
法律違反にならないか、事故のリスクはないか。
本記事では、そんなサイクリストの悩みに終止符を打つべく、法律や安全性、そしてイヤホンの選び方まで、筆者の経験を交えながら徹底的に解説していく。
筆者はロードバイク歴10年で、ロングライドやブルベを中心に走っていて、その長年の経験からロードバイクのイヤホンについて解説する。
この記事でわかること
- ロードバイクでのイヤホン使用に関する法律と条例
- イヤホンがもたらす具体的な危険性と筆者の体験談
- 安全性を最優先したイヤホンの種類と選び方
- 筆者おすすめの骨伝導イヤホンと代替案
性能と価格のバランスが取れたおすすめの骨伝導イヤホン!
ロードバイクでイヤホンは合法?違反?知っておくべき法律と条例

まず最初に、最も気になる法律の問題から片付けていこう。
結論から言えば、ロードバイクに乗りながらイヤホンを使用すること自体を直接禁止する法律はない。
しかし、特定の条件下では明確に違反となる可能性があるのだ。
道路交通法における「安全運転の義務」
全ての運転者には、道路交通法第70条で定められた「安全運転の義務」がある。これはもちろん自転車も例外ではない。
道路交通法 第七十条(安全運転の義務) 車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。
さらに、同法第71条第6号では、運転者が守るべき事項が定められており、これに基づき各都道府県の公安委員会が具体的な規則を定めている。
イヤホンに関する規制は、この規則の中で言及されていることが多いのだ。
ポイントは「安全な運転に必要な交通に関する音又は声が聞こえないような状態で車両等を運転しないこと」という一文である。
つまり、イヤホンをしていたとしても、周囲の音がしっかり聞こえていればセーフ、聞こえていなければアウト、という解釈になる。
都道府県ごとの条例の違い
やっかいなのは、この具体的な規則が全国一律ではなく、都道府県の条例によって異なる点だ。
いくつかの例を見てみよう。
都道府県 | 条例の要旨 | 罰則 |
東京都 | 高音でカーラジオ等を聞き、又はイヤホン等を使用してラジオを聞く等により、安全な運転に必要な交通に関する音又は声が聞こえないような状態で車両等を運転しないこと。 | 5万円以下の罰金 |
大阪府 | 警音器、緊急自動車のサイレン、警察官の指示等安全な運転に必要な音又は声を聞くことができないような状態で、イヤホン、ヘッドホン等を使用して音楽等を聴きながら自転車を運転しないこと。 | 5万円以下の罰金 |
福岡県 | イヤホン、ヘッドホン等を使用して、安全な運転に必要な交通に関する音又は声が聞こえないような状態で自転車を運転しないこと。 | 5万円以下の罰金 |
このように、多くの自治体で同様の規制が設けられている。
「大音量でなければ良い」「片耳なら良い」と解釈できる地域もあれば、イヤホンの使用自体を厳しく見なす地域もあるため、自分が走るエリアの条例を確認しておくのが賢明である。
警察官の判断が基準となる現実
結局のところ、法律や条例の文面はやや曖昧だ。
「安全な運転に必要な音」がどの程度の音量を指すのか、明確なデシベル基準があるわけではない。
そのため、最終的な判断は現場の警察官に委ねられるのが実情である。
例えば、呼びかけに気づかなかったり、後ろから来た自動車に気づくのが遅れたりすれば、それは「必要な音が聞こえていない状態」と判断され、指導や取り締まりの対象となるだろう。
なぜロードバイクでのイヤホンは危険と言われるのか?
法律の問題をクリアしたとしても、次に考えなければならないのが安全性の問題だ。
なぜ、ロードバイクでのイヤホン使用はこれほどまでに危険視されるのか。 その理由は大きく分けて2つある。
周囲の音が聞こえないリスク

これが最大の危険因子である。 サイクリストが頼りにすべき聴覚情報が、音楽によって遮断されてしまうのだ。
- 自動車やバイクの接近音: 特に背後から忍び寄るハイブリッドカーや電気自動車は走行音が静かであり、イヤホンをしていると発見が致命的に遅れる。
- 他の自転車のベルや声: 前方を走る自分を追い抜こうとする他のサイクリストの気配に気づけない。
- 歩行者の存在: 路地から飛び出してくる子供や、散歩中の高齢者の存在に気づきにくい。
- 緊急車両のサイレン: 救急車やパトカーがどちらの方向から来ているのか判断が遅れ、進路妨害をしてしまうリスクがある。
- 自身の自転車の異音: チェーンの不調やタイヤの異常など、メカトラブルの兆候を音で察知できない。
これらの音情報は、危険を予知し、回避するために不可欠なものである。
それを自ら塞いでしまう行為がいかに危険か、想像に難くないだろう。
注意散漫による事故のリスク
好きな曲が流れると気分が高揚し、ペダルを漕ぐ足にも力が入るだろう。
しかし、その一方で、意識が音楽の世界に没入してしまい、運転への集中力が削がれてしまうリスクがある。
前方の信号や交通標識への反応がコンマ数秒遅れるだけで、重大な事故につながる可能性もあるのだ。
ロードバイクは時に時速40km以上にも達する高速な乗り物である。
その運転中に注意力が散漫になることは、絶対に避けなければならない。
それでも音楽と走りたい!安全なイヤホンの選び方
法的なリスク、安全上のリスクを理解した上で、それでも「音楽と一緒に走りたい」というサイクリストの願いを叶える方法はある。
重要なのは、イヤホンの種類を正しく選択することだ。
結論から言うと、「骨伝導イヤホン」以外はやめておいた方がいい。
大前提は「周囲の音が聞こえること」
イヤホン選びの基準は、音質でもデザインでもない。
ただ一つ、「周囲の環境音が確実に聞こえること」である。 この大原則を決して忘れてはならない。
この原則に照らし合わせたとき、ロードバイクで使うべきイヤホンの答えは、自ずと一つに絞られてくる。
【結論】骨伝導イヤホン一択である理由

現在の技術において、ロードバイクに乗りながら安全に音楽を楽しむための最適解は「骨伝導イヤホン」である。
骨伝導イヤホンは、一般的なイヤホンのように鼓膜を振動させて音を伝えるのではなく、こめかみ付近の骨を振動させ、その振動が直接聴覚神経に伝わることで音を認識する仕組みだ。
最大の特徴は、耳の穴(外耳孔)を全く塞がないことである。
- メリット
- 圧倒的な安全性: 耳が完全にオープンな状態なので、自動車の音、人の声、自然の音など、周囲の環境音をダイレクトに聞くことができる。音楽はBGMとして聞こえ、環境音は主音として聞こえる感覚だ。
- 快適な装着感: 耳を圧迫しないため、長時間の使用でも疲れにくい。汗をかいても蒸れにくく、衛生的である。
- 法規制クリア: 周囲の音が聞こえる状態を確保できるため、ほとんどの自治体の条例に抵触するリスクが極めて低い。
- デメリット
- 音質: 鼓膜を介さないため、一般的な高級イヤホンと比較すると、音の解像度や低音の迫力は劣る傾向にある。ただし、近年の技術進化は目覚ましく、サイクリング中のBGMとして楽しむには十分な音質を持つモデルが多い。
- 音漏れ: 構造上、音量を上げすぎると周囲に音が漏れやすい。静かな場所での使用には向かないが、走行中の屋外であれば気にする必要はほとんどないだろう。
これらのデメリットを差し引いても、安全という何物にも代えがたいメリットの前では、骨伝導イヤホン以外の選択肢は考えられない。
その他の選択肢はありかなしか?

骨伝導以外にも、様々なタイプのイヤホンが存在する。
とはいえ、耳を塞いでしまっているのは事実で、警官に止められてしまうため結局以下の方法はNG。
- 片耳イヤホン 条例によっては「片耳ならOK」と解釈できる場合もある。しかし、推奨はできない。音の方向性を判断する上で、両耳からの情報は非常に重要だ。片耳を塞ぐだけでも、どちらから車が来ているのか、危険が迫っているのかを瞬時に判断する能力は低下する。
- 外音取り込み機能付きイヤホン マイクで周囲の音を拾い、音楽と一緒に耳に流す機能を持つイヤホンだ。一見すると安全に思えるが、これにも落とし穴がある。マイクが拾う音はあくまでも「機械的に増幅された音」であり、生身の耳で聞く音とは質が異なる。特にロードバイクでは、マイクが風切り音を拾ってしまい、「ゴーッ」という騒音で他の重要な音がかき消されることが多い。また、バッテリーが切れるとただの耳栓になってしまうリスクも忘れてはならない。
- カナル型・インナーイヤー型・ヘッドホン これらは論外である。耳を物理的に塞いでしまうため、周囲の音を遮断する効果が高すぎる。たとえ音量を下げていても、安全運転に必要な音が聞こえる状態とは到底言えない。ロードバイクでの使用は絶対にやめるべきだ。
各イヤホンタイプの比較表

種類 | 安全性 | 快適性 | 音質 | 法律遵守 | 総合評価 |
骨伝導イヤホン | ◎ | ◎ | △ | ◎ | 最適 |
片耳イヤホン | △ | △ | ○ | × | ほぼNG |
外音取り込み機能付き | △ | ○ | ◎ | × | ほぼNG |
カナル型・ヘッドホン | × | △ | ◎ | × | 絶対NG |
この表を見ても、ロードバイクという特殊な環境においては、骨伝導イヤホンの優位性が際立っていることがわかるだろう。
というか、他がすべてNGであったり、警察に止められてしまう可能性がかなり高い。
筆者が選ぶ!ロードバイクにおすすめの骨伝導イヤホン4選
筆者も様々な骨伝導イヤホンを試してきた。
その経験から、自信を持っておすすめできるモデルを3つ紹介する。
【王道にして最高峰】Shokz (旧AfterShokz) OpenRun Pro
もはや骨伝導イヤホンの代名詞ともいえるブランド「Shokz」。
そのフラッグシップモデルがOpenRun Proだ。
独自の低音増強技術により、従来の骨伝導の弱点であった低音域が豊かになり、音楽への没入感が格段に向上した。
それでいて周囲の音はしっかりと聞こえる安全性は健在である。
チタン製のフレームは軽量でフィット感も抜群。
10時間のロングバッテリーと急速充電対応で、ロングライドでも安心だ。
筆者もメイン機として愛用しており、価格は高めだが、その価値は十分にあると感じている。
【スタンダードモデルの完成形】Shokz OpenRun
フラッグシップの「Pro」ほどの高音質は求めないが、信頼性と性能のバランスを重視したい、というサイクリストに最適なのがこのOpenRunだ。
かつての人気モデル「Aeropex」を正統進化させたモデルであり、基本的な性能は非常に高いレベルでまとまっている。
重量はわずか26gと軽量で、長時間の装着でも疲れを感じさせない。
防水防塵性能もIP67と高く、突然の雨や汗にも全く動じないタフさも魅力だ。
8時間のバッテリーも日帰りライドには十分。
まさに骨伝導イヤホンの「基準」となる一台であり、多くのサイクリストにとって満足度の高い選択となるだろう。
【通話機能を重視するなら】HACRAY SeaHorse
サイクリング中に仕事の電話や仲間との連絡を取る機会が多い人におすすめしたいのがこのモデルだ。
マイク性能に定評のあるHACRAYらしく、風切り音の中でもクリアな音声を相手に届けることができるノイズキャンセリングマイクを搭載している。
もちろん、音楽再生用のイヤホンとしての基本性能も高く、安定した装着感と十分な音質を確保している。
IP68という最高クラスの防水防塵性能を備え、非常にタフな作りである点もサイクリストには嬉しいポイントだ。
音楽も通話も、どちらも妥協したくないというニーズに応えてくれる一台である。
【骨伝導を気軽に体験】Audio-Technica ATH-CC500BT
「まずは骨伝導イヤホンがどんなものか試してみたい」というエントリーユーザーに最適なモデル。
日本の名門オーディオテクニカが手掛けた製品であり、手頃な価格ながら信頼性は高い。
軟骨に振動を伝える「軟骨伝導」という独自技術を採用しており、従来の骨伝導イヤホンとは少し違った、クリアな聞こえ方を特徴としている。
最大約20時間のロングバッテリーは、頻繁に充電するのが面倒な人にとっても大きなメリットだ。
上位モデルと比較するとフィット感や低音の迫力は一歩譲るが、安全に音楽を聴くという骨伝導の基本をしっかりと体験できる、コストパフォーマンスに優れた一台と言えるだろう。
ロードバイクイヤホンに関するQ&A

最後に、多くの人が抱くであろう疑問に答えていく。
Q1: 骨伝導イヤホンなら絶対に捕まらない?
A1: 「絶対に」とは言い切れないのが正直なところだ。
前述の通り、最終判断は現場の警察官に委ねられる。
例えば、骨伝導イヤホンであっても、常識外れの大音量で音楽を流し、警察官の呼びかけに全く気づかなければ、安全運転義務違反と見なされる可能性はゼロではない。
重要なのは、機器の種類ではなく「安全な運転に必要な音が聞こえる状態か」どうかである。
骨伝導イヤホンはその状態を作りやすい、というだけだ。
常に常識的な音量で使うことを心がけるべきである。
Q2: 雨の日に使っても大丈夫?防水性能はどれくらい必要?
A2: ロードバイクで使うなら、防水性能は必須だ。
突然の雨や、夏場の大量の汗からイヤホンを守る必要がある。
防水性能は「IPX〇」という等級で示される。
最低でもIPX5(あらゆる方向からの噴流水に耐える)以上のモデルを選びたい。
今回紹介したShokzのモデルなどはIPX7(一時的な水没に耐える)の高い防水性能を持っており、安心して使える。
Q3: メガネやヘルメットとの干渉は?
A3: 多くの骨伝導イヤホンは、メガネのテンプル(つる)と干渉しにくいデザインになっている。
筆者もアイウェアを着用して使用しているが、特に問題を感じたことはない。
ただし、これは個人の頭の形やメガネの形状にもよるため、可能であれば試着してみるのがベストだ。
ヘルメットのストラップとの干渉も同様で、ほとんどの場合はストラップの下にイヤホンのアームを通すことで解決できる。
Q4: 音質はやっぱり普通のイヤホンより劣る?
A4: 純粋なオーディオ体験として比較すれば、同価格帯のカナル型イヤホンに軍配が上がるのは事実だ。
特に重低音の響きや、細かい音の表現力では譲る部分がある。
しかし、ロードバイクに乗りながら「安全に」音楽を楽しむという目的においては、十分すぎるほどの音質を持っている。
これは音質の優劣というよりも、コンセプトの違いと捉えるべきだ。
静かな部屋で音楽に集中したい時はカナル型を、風を感じながら走りたい時は骨伝導を、と使い分けるのが賢い選択である。
まとめ:ロードバイクのイヤホン問題は「骨伝導」一択!

ロードバイクに乗りながら音楽を聴くという行為は、サイクリングを何倍にも豊かにしてくれる素晴らしい体験だ。
しかし、その一歩手前には、法律と安全という、決して無視できない大きな壁が存在する。
その壁を乗り越えるためのアイテム、それが「骨伝導イヤホン」である。
- 法律を遵守し、安全運転の義務を果たすこと。
- 周囲の環境音を遮断せず、危険を察知できる状態を保つこと。
- 耳を塞がず、安全と快適性を両立する骨伝導イヤホンを選択すること。
この3つの原則を守りさえすれば、音楽はサイクリングの最高のパートナーとなり得る。
筆者自身、骨伝導イヤホンと出会ったことで、いつものトレーニングコースが全く新しい景色に見えるようになったし、ロングライドやブルベがより楽しいものとなった。
この記事が、かつての筆者と同じように悩んでいたあなたの助けとなり、より安全で、より豊かなサイクルライフを送るための一助となれば幸いだ。